2009年07月10日

モデルチェンジ

 当ブログの今後の展望ですが、ほぼ固まりつつあります。

 
 だいぶ唐突なようですが、今年の夏終わりを目処にモデルチェンジをします。毎日更新というスタイルをあえて変えます。

 書くのは、読んだ本、観た映画、チェックしたTVドラマなどの「感想」をメインにします。これを週に二回、もしくは三回くらいのペースで続けてゆきます。


 文章をアップする回数が減ると、なんだか勉強量が落ちているようにも見えますが、これ意外にそうでもなくて、週に二三回、本の紹介をするには、週に二三冊は、少なくとも本を読んでいなければならなくなりますから、むしろ、それ以外のことについて書いてもいいというルールを廃してしまうことで、これまでよりもなお一層、性根をすえて勉強に励むことができるのではないでしょうか。


 モデルチェンジの完了は、だいたい九月の頭くらいを予定しています。それまではこれまで通り、毎日書きますので、みなさまどうかご贔屓に。
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2009年07月09日

C級映画の未来

 こないだの『カフェ代官山』について書いた記事に、「いずみ」さんという方がコメントを寄せてくださいました。はじめてのご登場で、心より御礼申しあげます。

 パソコンでご覧の方も、携帯電話でチェックされている方も、「小さなカフェとケーキとイケメン」のコメントを読んでみてください。

 まったくもって、「いずみ」さんのおっしゃる通りですから


 わたしは自分の意志に従って、つまり書きたいからこそ青春小説を書いているわけですが、その一方で、自作が映像化されたらどんなものになるのか、登場人物たちをどんな役者が演じるのか、そのあたりのことも計算して、日日さまざまな物語を生みだしています

 結局ね、何十億もかけて、CG盛りだくさんで製作して、全国同時公開みたいになる類の作品でない場合、青春ドラマは、TVになるか、もしくはこないだ紹介したC級映画(もとい、映像作品!)にしかなれない運命なのです。このあたりを無視して書いてしまうと、イケメン俳優の独壇場と化してしまうのですね。


 だからこそわたしの作品では、かわいい女の子はただの美少女ではないし、イケメンくんも、ひと皮むけば凄まじい素顔をもった殺人鬼に変貌したりするのです。清と濁をきちんと併用してキャラクター描写をやっています

 
 もちろんわたしは、あの『カフェ代官山』のような、C級作品そのものを否定するわけではありません。メジャー級の、TVでいえばゴールデンタイムの作品に出られないような若手俳優たちは、どうしたって最初はああいった段階をクリアしないといけないのですから、C級作品はむしろ必要悪、おいしい料理を作るときに出てしまう灰汁のような存在です。いっぱいあっても困るが、まったくなくてもなんだか淋しい。そういった存在意義が、あれらの作品たちには与えられているわけです。

 しかし、これはやっぱり、どことなく哀しいですよね。

 誰だって、灰汁みたいな映画に出たくはありません。


 そのためにも、わたしは良質の青春ドラマを書かなくては。


 何はともあれ、「いずみ」さん、コメントありがとうございました。
posted by 松本夏朱 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

夏のお供に

 TUBEのニュー・アルバムが、きょうついに発売されました。

 今年のタイトルは、『Blue Splash』です!


 シングル曲『Summer Greeting』のときにもお伝えしましたが、今年のTUBEは、いろいろと革新的な試みをおこなっています

 まず、プロデューサーやらディレクターやら、エンジニアなどのスタッフを、一新しました。若いころに仕事をした、メンバーよりも年上のスタッフを起用し、またエンジニアには海外の方を起用して、なるべくTUBEの意見そのままで曲が完成しないよう、そのスタッフたちに決定権を譲ってレコーディングを進めたそうです。

 やっぱり意識していなくても、長年やっていると、それぞれのメンバーのなかにはTUBEらしい音楽になるコツのようなものが蓄積されているし、それを表現する術もみんな知っているわけです。だから、いくら今年はこれまでにないものを作ろうと奮起したところで、これまでと同じ面子、同じ手法でやっていたのでは、どうしたって新しいものは生まれません。

 TUBEはこういったところ、かなり思いきって改革をするのです。勢い任せみたいなところのあるバンドですからね、そう考えたら、とにかくその路線で今年はやってみようとスタートしてしまう。やってみてあとで、やっぱり違ったねと思うことは多多あったことでしょう。

 しかし、今年のTUBEはそれをやりきりました。その結果、今のTUBEが滲みでるような、夏のお供にふさわしい一枚が出来あがったのです。


 これね、ほんとうに不思議なんだけども、一回さっと、最初から最後まで聴いてみますとね、意外や意外、あまり強い印象を受けません。むしろ、今年はやけにあっさりしてるなあ、と思うくらいです。悪く言えば、TUBEも老けちゃったのかな、ってなもんです。

 ただ、そこは彼らもプロですから。来年、二十五周年を迎える筋金入りのプロですからね、そうそう簡単には老けこまないわけです。


 もしあなたの手もとにこの『Blue Splash』があったら、はじめは根気づよく、何度も何度も聴いてみてください。朝おきた直後、食事の途中、ドライヴの途中、リラックスできる午後のひと時、そして夜にも。とにかく、いつも同じ一曲だけ選んでもいいから、繰り返し繰り返し聴いてみてください。

 気づかぬ間に、あなたの心はこのアルバムにとらわれてゆくはずです。


 断言しましょう。あなたは今年、このアルバムに恋をします

 嘘だと思うなら、さあ、CDショップへ走りましょう。


 理想の相手が、店頭であなたを待っていますよ。
posted by 松本夏朱 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

小さなカフェとケーキとイケメン

 きょうは札幌もひさしぶりに真夏日となりました。いやあほんと、かなりひさしぶりだったので、炎天下がきつかった。心身ともに堪える暑さでした。

 これが八月であったなら、こちらもいくらか夏休み気分でいますから、その暑さも「ああ、夏だなあ」と受け止めることができるのですが、今はまだ七月でしょう。気もちがまだ労働中なのに、季節だけひと足先に真夏になられたんじゃ、こっちもたまったものではありません。

 きょうみたいな暑い日は、長い時間あちこちを歩きわまってはいけません。時間を見つけて、そうですね、ちょいとおしゃれな喫茶店なんかへ飛びこみましょうよ。

 これはね、わたしの憧れでもあるのです。夏に限らず、外出中にふらっと見知らぬカフェへ入る。ヨーロッパ調の店内装飾、静かなクラシック音楽のなかに、かすかにコーヒー豆の香りが漂ってくる。春や秋なら店の外にある席に腰を落ちつかせて、コーヒーとその日おすすめのケーキを注文して、そっと空を見上げる。

 いやあ、いいですね。憧れる大人な雰囲気です。こんな生活をしながら、たまに小説を書いて、優雅に暮らせたらどんなに幸せでしょうかねえ。


 だいぶ前に『カフェ代官山〜Sweet Boys〜』という映画を紹介しました。相葉弘樹桐山漣大河元気馬場徹という、奥様キラーな四人が出演する小品でしたが、きょうはその第二弾『カフェ代官山U〜夢の続き〜』のご紹介です。


 代官山にあるおしゃれなカフェが舞台のこの物語ですが、今作はかれら四人がそこに到達するまでのお話です。

 相葉弘樹演ずる芝田響は、夜中にクラブでひとり、一心不乱に踊り狂うような、ちょっと不良な男で、しかしそれがために、あれはきっとそのあたりの顔役なのでしょうね、見るからに怖そうな連中に絡まれ、ついには乱闘にまで発展してしまって、響はあわてて店を飛びだします。

 夜道を逃げる響。もう逃げられないと思った刹那、坂道の上からおおきなリンゴが何個もころがってくる。追いかけてきた男たちはそれに足をとられて転ぶ転ぶ。まるでコントのようにころがっている隙に、響は逃げようとするのですが、そのリンゴをころがしたと思われる初老の男性が、きっと自分のリンゴで転倒したのでしょうね、頭を打って、道のまんなかに横たわっているではありませんか。

 せっかくこのおっちゃんのおかげで助かったのだから見捨てるわけにはいかない。しかし、ここでまごまごしていてはあの男たちに追いつかれてしまう。
 響はしかたなく、そのおやじを背負って、自宅まで送り届けることにしました。


 これがオープニングです。響がおやじの指示に従って辿りついた場所は、あまりきれいとは言えないちいさなカフェでした。おやじは、その店のマスターだったのです。

 到着したときはもう真夜中だったし、何せおやじは頭を打っているので、響もそのままうっちゃっておくことができず、店のなかで夜を明かすわけですが、翌朝、おやじは目覚めても「どうも記憶が飛んでしまったようだ」とかなんとか言って、響に店の仕事を押しつけます。

 響は見るからに今風の若者ながら、どういうわけかコーヒーを淹れるのがうまい。お客が入ってくる、かれの存在を聞きつけた近所のおばさん連中がそのイケメンぶり見たさにやってくる、店は少しづつ繁盛してゆき、しだいに働き手が足りなくなってきます。

 そこへ加わるのが、琴の名門の家柄で、弾きながら占いもできるという三浦未琴(桐山漣)、牧師の仕事を継ぎたくないと実家を飛びだしてきたケーキ大好き青年の一条・サーディン・鈴太郎(大河元気)のふたりです。かれらは次第に結束し、そしてマスターの失いかけた夢をふたたび果たすため、一度は手放したある店舗を買いもどすのです。

 それが第一作目に舞台となったあのカフェです。ストーリーはこのようにしてつながってゆくのです。


 感想としてはね、うーん、やっぱり「微妙」としか言えないかなあ。

 やっぱりどうも、一本の作品として完成度が低すぎるのですね。これは少なくとも、映画とは呼べません。言うなれば、「映像作品」レヴェルのものです。

 これは同種の作品すべてに言えることですが、容姿に優れ、その一点のみでもじゅうぶん人気を得られる演じ手を起用する場合、作品そのものが彼らのプロモーション・ヴィデオになってはいけないのですよ。それは最低限、独自の世界観をもったフィクションとしての物語でなければならないのです。決して、彼らのカッコよさをアピールする映像の羅列になってはいけないのです。

 今作は少なからずそういった面が多く見られました。そりゃ彼らのファンにしてみれば眩しいシーンかもしれないけども、一本の作品として見ている側からしてみれば、なんだこの場面、てなもんです。


 日高晤郎さんがよく料理のお話をなさいますが、映画も同じことが言えます。

 いくら材料がよくても、その材料をそのままぶちこんだだけのものであれば、それは料理とは言えません。おいしいリンゴは、ただのリンゴとして出すのではなく、生で齧りつくだけでは味わえない料理にして提供する。これが映画にも必要となってくる姿勢なのです。


 せっかく面白いメンバーが出演しているのに、いささか、彼らのPV化をしているのが哀しい印象を与えましたが、しかしひとつだけ侮ってはいけない点があります。

 このシリーズ、すでに第三弾まで作られているのです。店頭にも、すでにDVDとなって並べられています。

 いくら映像作品レヴェルといっても、製作するには費用がかかります。三本も作ったということは、それだけ人気が出ているということ。


 このあたりのことを踏まえて、近いうちに最新作『カフェ代官山V〜それぞれの明日〜』もご紹介します。


 奥様方はぜひともお楽しみに。
posted by 松本夏朱 at 20:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月06日

ながら仕事

 みなさんは何か仕事や作業を行なうときに、音楽を流したり、TVをつけたりしながらすることが可能でしょうか。

 わたしはね、これがあんまり得意ではないのです。小説を書いているときなどは、石田衣良さんのように、部屋に音楽を流しながらキーボードを叩きたいのですが、もとから不器用なせいか、それともただ単に脳が固まっているせいなのか、音楽を流すといつの間にかその曲を聴きいってしまって、まったくといってよいほど執筆に集中できなくなってしまうのですね。

 ですから現在、わたしは「音楽を聴きながらする仕事」はやれと言われてもできません。できるようになるには、まだまだ長い時間がかかりそうです。


 みなさんはそんな「〜ながら仕事」、生活のなかで実践されていますか?
posted by 松本夏朱 at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月05日

ロックの夏

 七月に入り、いよいよ札幌でもこれから気温があがって、朝から晩まで暑くなる日が多くなりそうですが、こんな季節にはやっぱり、どんな人でも冒険をしてみたくなるものではないでしょうか。

 もちろん冒険といったって、なにもロープと懐中電灯をもって洞窟を進んでゆくわけではありません。われわれの生活のなかにだって冒険は山のように潜んでいます

 たとえば、アマチュアでバンド活動をしている人であれば、この季節にライヴ・コンサートを催さずにはいられないでしょう。あまり動員力のないバンドであれば、他のバンドと共同でステージを確保し、いわゆる対バンという形式で一夜を盛りあげ、ある程度有名になっているバンドは、自分たちだけのコンサートをひらいて、全身全霊でファンの人たちをもてなすはずです。

 ただね、あちらの世界は外から見るとなんとなく華やかに感じられますが、実際はそれほど派手ではなく、むしろ有名ではない大多数のバンドたちは、見るもせつない努力と苦悩を、毎日のように抱えているのです

 わたしは過去に一度だけ、札幌市内の小さなライヴハウスへ行ったことがあります。知り合いの青年が、あるバンドの一員としてそのステージにあがると聞いたからです。

 そのステージはある建物の地下にあるのですが、わたしは行くまえから、なんとなくそこには観客たちがぎゅうぎゅうに詰められていて、熱狂した幾人かが、その頭上をころげまわって奇声を発するようなイメージを抱えて、いささか気後れしていたものです。TVなどで見たことのある演奏シーンは、そのような激しい印象しかわたしの心に残してはいなかったからです。

 しかし、いざ現場へ入ってみると、観客は驚くほど疎らで、かなり人数がすくない。そりゃそうです、出演しているのがまったくと言ってよいほど無名なアマチュア・バンドなのですから。来ているのはその友人、知りあい、家族の類のみ。

 演奏がはじまっても、やっぱり人数が少なくて自然と目立ってしまうのが恥ずかしいのか、その少数の観客たちはホールの中央まですら出てゆかず、壁際に寄りそって、一曲が終わったときにだけ、かすかな拍手を送るだけでした。」

 ひと口にバンドといっても、その世界にはさまざまなドラマがあります。


 今夜はそんな、アマチュア・バンドマンたちの物語。


 中村優一主演の映画『僕らの方程式』という作品については、以前にご紹介しました。若手俳優総出演で、主題歌もよく、なかなか好印象の映画でしたが、あの作品をつくった内田英治監督が、今度はアマチュア・バンドマンたちの青春を描きました。

 タイトルは『ビートロック☆ラブ』

 出演は、D-BOYSの一員で、以前ここでも強く推した「あらやん」こと荒木宏文、「SuG(サグ)」というインディーズ・バンドで実際にヴォーカルを務めている武瑠(たける)、『僕らの方程式』にも出演し、そして次回作で仮面ライダーを演じる桐山漣、黒い長髪が印象的な大河元気、甲高い声と細長いからだが役柄にぴったりはまっていた小野健斗

 かれらは劇中で、ヴィジュアル系バンド「LOVE DIVING」として登場します。


 LOVE DIVINGは、すでにいくらかファンも獲得しているバンドですが、メンバーたちにいろいろと難があり、口論や衝突は日常茶飯事。みんなで愉しく、音楽を奏でよう、といった感じには毎日を送れていません。

 とくにトラブルの中心にいるのが、ヴォーカルのシン。かれはバンドの花形であり、人気の大多数を占めているせいもあってか、かなりの自信家で、掲げる目標はいつも「世界制覇」。これ冗談で言っているのではなく、本人はいたって真面目で、バンドのメンバーもその扱いには何度となく困らされているのが現状です。

 ある音楽事務所との契約が決まりかけていたのに、メンバーになんの相談もなくそれを破棄したり、スカウトしてきた業界の男を突きとばして追いかえしたりと、まあいろいろやってくれるわけです。そのせいで、メンバーたちはデビューの機会を失するわ、その突きとばした男の手がまわってしまって、賭けていた大会に出場できなくなるわで、バンド内は一時、かなり険悪なムードを漂わせ、ついには解散状態に陥ってしまいます。

 あらやん演じるリード・ギターのアキは、いつもは喫茶店でアルバイトをしながら生活しているのですが、そうしてメンバーと喧嘩をし、バンドを解散させてしまったものの、やはり心のなかでは晴れない感情があり、平穏な毎日をなんとなく単調にすごしています。店で出逢ったちょっとタイプの女の子の存在も、かれに影響を与えます。

 季節は、夏。やっぱり俺には音楽しかない! と奮起したあらやんことアキは、メンバーたちに声をかけ、バンドを再結成させます。

 しかし。そのころにはもう、ヴォーカルのシンはすでにある芸能プロダクションと単身契約を結び、寄せ集めの軽率なミュージシャンたちと新たなバンドを組んでデビューすることが決まっていたのです。

 再結成と今後の活動を占うための単独ライヴの日は、なんとそのシンの新しいバンドの記者会見と同日でした。
 あらやんことアキたちは信じます。きっとシンは向こうを捨ててこっちに戻ってきてくれる。そう心から信じて、ライヴ当日を迎えるのです。


 青春映画のなかのひとつの要素として、バンドという設定はとても興味深いものです。わたしも過去に一度だけ、高校生バンドの小説を書いたことがありましたが、いはやはなかなか難しく、満足のゆくレヴェルにまでは達することができませんでした。

 この映画も、やはり然りです。あとすこしのところで、感動的な青春映画になりそこなっている感が大いにあります


 内田監督はもしやすると、この作品を一般的な映画の方法論ではなく、どちらかといえばドキュメンタリー・タッチの映画にしようとしたのではないでしょうか。手もちのキャメラだとか、喧嘩のシーンなどを見ると、あまり劇的にはせず、あまりきっちりとした構図には固定せずに、そこに生きるメンバーたちの息づかいをリアルに映しだそうとしたのかもしれません。

 しかしどちらにしても、中途半端なことに変わりはありません。あとちょっとのところで笑えず、もうすこしのところで熱くなれない、どうにもすっきりない青春映画になっていました。

 
 キャストはわりと頑張っていますよ。何度も推しますが、あらやんこと荒木宏文は、ギターを弾き、テンションをあげ、キーの高いソロ曲も歌って、そんでもってメイキングのカメラにはいつでも笑顔で向きあい、こちらを飽きさせないということに徹しています

 かれは、そのブログを読めばよくわかりますが、とても真面目な人なのですね。見た目は完全に元ヤンですが、根はとても素直で、演技というものへ真摯に臨んでいる人なのです。

 ただ今回はすこし厳しくいうと、かれの良いところと荒削りなところが両方見えてしまったかなあ。テンションの高いところ、逆に低いところは問題なく、演奏シーンも悪くはなかったのですが、たとえば喫茶店で、その女の子とすこしおどおどした口調でやりとりをする場面なんか、どうも不器用すぎて、アキという青年が焦っているというより、荒木宏文という役者がその演技に窮しているようにしか見えないのです。ああいったところは、監督の力で、どうにか掬いとってあげてほしかったですねえ。


 ほかにキャストで注目すべき人は、桐山漣と武瑠のふたりです。この人たちはおもしろい顔を見せてくれました。

 
 桐山漣は、じつは楽器をほんとうに弾ける人なのです。おもにベース、そしてギターもやれます。自分のDVD『Humidity 83%』では、見事なベース・プレイを見せていました。

 おそらく今回のメンバーのなかでは、かれだけがきちんと楽器を操れていたのでしょうね。ほかの人たちは一応習って、曲にあわせて演奏しているように見せることはできても、じゃあ実際に音を出してくださいと言われたら、たぶん不可能でしょう。メイキングを見るかぎり、ほんとうに演奏できている人は、桐山漣を除いてひとりもいませんでした。

 ですから、演奏シーンにおいて、かれの演技に心配をする点はいっさいないのですが、しかし映画全体を見ると、いささか今回は影が薄かったですね。印象がかなり薄い。もちろん、メインの役柄ではないですから、そこまで存在を主張する必要はないのですが、あれほどの人ですからね、なんだか勝手にもったいないような気がしてしまいました。


 そして、武瑠です。わたしはこの人の普段の顔を知らないし、その歌声も、今回の映画のなかで聴いたのみですが、やっぱりね、その世界にはその世界で活躍する人の、なんというか、凄味というかなあ、迫力みたいなのがきちんと具わるものなのだなということを強く感じさせてくれましたよ。

 演奏シーン以外で、かれの演じるシンはほとんど笑いません。終始ぶすっとして、なんだか不機嫌で、いつも面倒くさそうにしている変な人です。背が小さいくせにド派手な服を着ているので、浜辺で写真を撮るシーンなど、パッと見「バッタ」かと思ってしまほど変な人なのです。

 そんなシンがひとたびステージにあがり、マイクを握って観客席へからだを向けると、その表情が一変します。ファンの子たちを煽るのにあわせて、まるで子どものような、無邪気な笑顔を見せるのです

 わたしはヴィジュアル系の音楽をあまり聴いたことがないし、そういった方たちの演奏も見たことがないので、どこまでがよく行なわれているものなのか、詳しく知りませんが、たしかに、そのバンドの熱狂的なファンであれば、いつも不機嫌そうにしているヴォーカリストが、音楽にあわせて手をふりながら、そんな眩しいほどの笑顔を見せたら、たぶんころっと惚れてしまうでしょうね。女の子であればなおさらだと思います。


 少数派の世界だから、一部の物好きな人たちの世界だからといって敬遠していては知ることができない、ちょっとした発見をするには手ごろな映画かもしれません。


『ビートロック☆ラブ』。不器用な冒険に満ちた、若者たちの映画でした。
posted by 松本夏朱 at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

基準を変える…?

 以前、このブログの今後について考えたことがありました。

 
 ここはそもそも、プロの小説書きを目指す松本夏朱という男が、日日おこなっている勉強の記録をする一方で、文章を書くという訓練を実践するために開始したもので、だからこそタイトルにも「毎日勉強」という単語が入っているわけですが、最近ふと、念頭に置いていることが変わってきてはいないか、と感じるのです。

 つまり、現在のわたしにとっては、毎日勉強するなんてことはあたりまえだし、それをしなくてはいけないと痛感してはいるけども、このブログがあるから勉強するのか、毎日書くことが勉強になるといって、ただ一日も欠かさずに書けばいいと考えているようなところはないか。
 これらの点において、若干わたしのなかで不安になる瞬間があります。


 毎日きちんと勉強を重ねることはすでに習慣化しているし、もちろん苦ではありませんが、ここへ文章を載せるということに関しては、いささか疑問を感じはじめているのは事実です。

 読書や映画、TVドラマ。それらの世界へ目を向け、いろいろなことを学んだ末に、その感想なり印象なりをここへ書く。それが基準となるならば、毎日欠かさず勉強しているから毎日書くことができる、ということになりますよね。勉強した内容があるからこそ、そのことをみなさんへ報告できるわけです。

 しかし、現在の当ブログは、毎日書くということが第一になってしまって、お恥ずかしい限りですが、あまり内容のない日も多く見受けられるようになってきました。小説執筆中などとくにそうで、時間がなく、お伝えすることもなく、頭のなかはその自作のことでいっぱいいっぱい。そんな最中にはどうしても、場つなぎのような短文でページを埋めることをしてしまいがちです。


 現在、検討しているところでは、この夏を境に、ブログの運行をすこしだけ改めてはどうか、という案があります。つまりは基準を変えて、毎日書くということを念頭に置くのではなく、きちんと毎日勉強をして、内容ある文章を毎日書けるように努力する、といった方向へ転換するわけですね。自分で自分の尻を叩くようなものです。

 佐々木譲さんもご自身のブログは、読んだ本や観た映画についての感想などをメインに書く「備忘録」に変更されています。
 わたしのブログも、あんな感じになるかもしれません。


 とにかく、暑い時期がすぎるころまでに結論を出します。

 
posted by 松本夏朱 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

名前に負けるな!

 最近、ここへ「松本夏」というキーワードを検索したすえに到着される方の数が増えています。

 これ、おそらくは「松本夏空」さんを目当てのお客様だと思います。


 松本夏空。「夏空」と書いて「そら」と読みます。まだ十八歳のアイドルで、わたしは馴染みがないかなあと思いきや、あの『学校じゃ教えられない!』にも出演されていたそうで、一度はかならず目にしている人ではあります。

 この時点でわかるように、現時点でわたしは、名前においてはこの夏空さんに負けております。どう逆立ちして考えても、向こうのほうが有名ですから。


 しかし、わたしは松本夏朱という名前が好きだし、今のわたしには、この名前が必要なのだと、日を増すごとにそう感じていますから、すでに似た名前で有名になっている方があったとしても、尻尾をまるめて逃げ去り、違う名前で再出発をするようなことはしません。


 わたしが勝負すべきは名前ではないのです。作品で勝てれば、それでよいのです。

 たった四文字の名前に、自分自身を負けさせてはいけません
posted by 松本夏朱 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

書くという苦しみ

 日高塾で机を並べている「こんたっけ」さんの日記に、小説を書く人間ならばだれでも共感できる苦闘ぶりが克明に記されているので、ぜひご覧ください。


 たとえそこにストーリーがあったり、セリフなどを入れなければならないといったって、小説を書くということはすなわち日本語で文章を書くというそれだけのことですから、ある程度の教育を受けた人間であれば、だれでも簡単にできてしまうのです。

 もちろん、それを他人が読んでおもしろく感じるかどうかは別の話ですが、書くことそれ自体はだれにでも可能だし、馴れてくれば百枚だって二百枚だって書くことができます。


 ただね、だからこそ、われわれは苦しむのかもしれません。


 日本語で文章を書く。ただそれだけのことに、わたしもこんたっけさんも、七転八倒の苦しみです。そこに加えて、時間がない、体調が悪い、アイディアが浮かばないなど、マイナスの要素が加算されると、その行為はより困難なものへと変貌してしまいます。

 これはプロの作家とて同じで、あの石田衣良さんも、締め切りに追われているときは相当にしんどい思いをして原稿を書くといいます。あるTV番組では、「寝起きで空中四回転を跳ぶくらい辛い」と表現されていたくらいです。


 こんたっけさんには、声による表現という、もうひとつの可能性がありますが、わたしには今のところ、文章による表現しか手段がありません。ことばで、文章でもってなにかを伝えなければなりません。

 今年もすっかり折り返し地点をすぎてしまいましたが、残りの半年間も、この七転八倒の苦しみと向き合います。これを乗り越えないと、とてもとてもプロとしては立ち上がれないし、文学賞を取って一年二年しただけで、あとが続かずに消えてゆくような、そんな一発屋のような書き手にわたしはなりたくありません。


 書く苦しみをあたりまえのこととして受け入れる

 これが今年のわたしの目標です。
posted by 松本夏朱 at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

燃える季節

 夏日だ真夏日だと騒いでいたころが嘘のように、ここ数日の札幌は涼しく、長袖でも不快ではない気候が続いていますが、きょうからもう七月です。

 熱く、燃えあがる季節です


 日高塾では講義も終盤、しかも今月の塾では、その前にラジオドラマの収録をやるというので、いまから緊張感が止まりません。

 一方わたしのほうはといえば、熱く燃えるというのはすなわち、創作に熱を入れるということにほかなりませんから、とにかく書きまくる夏になります。書いて書いて、倒れるほど書いて汗もかきます。


 北海道の夏は短く儚いものですが、この数箇月、悔いのないように走りたいですね。

 夏風邪なんか、引いているヒマはありませんよ〜
posted by 松本夏朱 at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする